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水島: はい。えーまぁ、あの、色んな考え方がありましてですね、ま、錯綜するのは覚悟の上でやっているんですけども。
えー、ちょっとね、発言が1回しかなかった八木さん。ここ聞いてですね、あの、1時間目の事実関係とか色んなこと聞いてね、どうですか?切っ掛けをもらいたいと思うんですけども…
八木: うーん、幾つか言うと、現行憲法は占領が6年8ヶ月くらいありますけども、その中の比較的早い段階で、つまり日本軍が連合軍共通の敵で、日本さえ抑え込んでおけば、或いは日本を精神的・物理的に武装解除させればアメリカの脅威ともならず、世界の平和も訪れるだろう、という世界観でもってですね、えー、ま、作られたと。しかし、それから間もなくしてですね、東西冷戦が始まるわけですね。東西冷戦始まると、アメリカもちょっと“しまったな”と、こういう具合になるわけですね。日本を敵だと思っていたけどもそうじゃないゾ、と。本当の敵はソビエトであり中国共産党ではないかと、こういうことになって。
例えば昭和28年の12月に、当時副大統領のリチャード・ニクソンが来日をして、その際に、こういう主旨の発現をしていますね。
《アメリカは1946年に善意の誤りと起こした》と。1964年、憲法、日本国憲法のようなものを作ってしまったんだと。敵を見誤ったんだと、いう風なことを言っているわけですね。
で、そういうアメリカの対日認識がここで180度変わったと。そこで今度はですね、日本に再軍備を命じ、それが自衛隊となり、又日米安保体制となっているということですから。従来から言われる日本国憲法と日米安保体制の矛盾というのは、そこのアメリカの対日認識が180度変わったというところに根本の原因があってですね。そういう意味でも、日本国憲法というのは占領前期の一時的の世界観を反映しただけのものであってですね、それがいまだに続いていて、いまだ改正されていないというところから来る様々な矛盾があるということだと思っています。
水島: なるほど。寺脇さん、如何ですか?
寺脇: その時代のことは全然私知らないんで、、例えばそういうところも知りたいんだけれど。その、随分アメリカも間抜けですよね。もう1945年時点で、そりゃソ連とぶつかるっていうのは解っていたはずじゃないですか。
(八木「いや、分かっていなかったんです」)
分かっていなかったんですかねぇ。そんなに間抜けだったんですかねぇ。
井尻: アメリカはね、ちょと言っておくと、シベリアってありますね。つまり、ソビエト共産党政権がどんどん極東に来る。それでシベリア出兵した。一番望郷意識が強かったのは日本なんですよ。7万の兵力でほぼね、主導権とってバイカル湖以西に、つまり革命が以東に及ばない作戦を取ったわけだ。その時に一番足引っ張ったのがアメリカなんだよね。撤退せい、って言ってね。つまり、アメリカってのはね、共産主義に対する警戒感ってのが殆どゼロなんだ、ね。イデオロギー的に白痴状態なんですよ。
(八木「戦後ですよ」)
うん。戦後もまた、後になってそうなるから。その辺は非常に日本はね、先見の目があったというか。
寺脇: 現在のアメリカなんか見ると、ドイツをね、占領…先にやっちゃった、ドイツの方が先に降伏したじゃないですか。そのことでもう、こいつが怪しいみたいに思っていたと描かれているけど、それは後から描いているからそうなっているっていうことなんですね。
(井尻「そうですねぇ」)
それからもう一つは正当性って言うか、私も正当性についてはきっと考えるべきだと思うのは、そのー、今仰った国会で全員が賛成下とかね。国民投票しても皆が認めたとは私は思わないんですよ。つまり、九条に賛成した人が多かったんじゃないかと思うけど、その時点、戦争終わったばかりだから。
じゃぁ例えばこの一条から八条のとこにはね、天皇の戦争責任って言ってた人もいたわけでしょう?その時には。そしてその、反対していた人がいたわけだから、一条から八条は、あのー、反対だっていう人もいたかも知んないし、みたいなことなので。私言ってるのは、決してその、皆さんと同じようにもっと強い日本になって戦争しようとか、戦争しようじゃないけれど、軍備を持ってみたいなことは考えてないけど、ないけど、どうするかってことはフェアにしないと、おー、いけないので、現在の日本国民はどう思っているのかってことをきちんと考えるってのは、非常に重要なことだと思うんですよ。だからもう、これがもう決まっちゃっているから変えられないと言われると、誰に言われてもちょっと“エ・エェー”って思ってしまうんですね。(06:16)
水島: ということで、何故今出自っていうかな、占領期のこのアレに我々国民が決めたような、まぁ、ハッキリ言うと嘘だと思うんですよね。所謂資格も権利もない時代に決めた、この日本国憲法なるものをね、ずーっと60何年続けてきたという問題を、今言った正当性も含めて、これをどう見るか。そうするとどうするかっていう話が出てくると思うんですね。
で、もう1回確認すると、正清さんね。この日本国憲法というのは、正清さんにとってはどういうことなんですか? あのー、ま、所謂護憲ということなんですか?
正清: 勿論そうですよ。それはさっきから申し上げたように、あの3本の柱ね。「戦争放棄」とそれから「主権在民」と「民主主義」と。この3つを柱にした憲法であるから、この柱については本質的には変えない方が良い、というのが私達の基本的な考え方です。
井尻: つまり、誰かに押し付けられたものであっても、いいという考えですか?
正清: 押し付けられたって言っても、当時の人達も含めて、現在の我々も含めて、この3本の柱は正しいという前提に立っていますから、従ってこの柱を崩さない範囲での若干の改正は、それはあっても良いと、、
井尻: じゃぁね、ちょっとここで「ハーグ条約」って最初に言いましたけど、「ハーグ条約」は軍事占領下、ね。軍事的占領下で支配している地域で、恒久の立法行為は禁止されているんですよ。
(正清「はい。それは分かります」)
GHQは、それをやっちゃったわけだよ。これは明瞭な国際法違反なんですよ。
三上: ちょ・ちょっと質問させてください。あのね、じゃぁ明治憲法はね、そのー、日本国憲法よりね、相対的に良いという意見なんですか?
井尻: あのねぇ、今言っている正当性っていう意味では、見事に正当性は確保してますね、明治憲法は。
(三上「それは違う。僕はね、、、ブツブツ」)
井尻: 戦後憲法は正当性が無い。軍事占領期に、、
(三上「そ・そんなこと…ブツブツ」)
GHQが作った草案なんですから。
水島: だから、実際変えるならば、明治憲法の改正を考えるべきだという立場っていうんですか。そこが正当性の問題から言えばね、、
三上: 僕らはね、条文っていう限界はあるけれども、相対的に日本国憲法良いと思っています。立場で言うとね。でね、その上で尚ね、憲法として成立しているっていう憲法精神が殆ど無いと。無いけど条文だけが成立している意味では明治憲法も現行憲法も同じだと。それに如何にね、憲法の精神をね、ちゃんと作り出していくか。憲法の精神、魂をね、本来憲法という魂をちゃんと含ませるか、ということが大事なことなんだと。というのが僕の考えですよ。
でその、だからその枠で言えばね、あのー、何て言うか、戦後の憲法の出自がどうとかっていうことまでね、いや、明治憲法の議論までしてもいいんですけどね、僕はあんまり、僕らは…
水島: 分かりました。憲法の精神ってのは、例えば三上さんが言っている憲法の精神。これはどういう内容なんですか?
三上: 憲法制定権力という意味でもいいですし、憲法のね、、基本的には国民主権ですよ。国民の意思がね、
水島: 憲法の精神は、国民主権とイコールなんですか。
三上: そうです。国民の意思がね、基本的にね、憲法に体現されてると。体現された法であると言うか…。そういうことです。
井尻: しかしねぇ、国民主権なんて言葉はね、実に曖昧っていうかね。国家主権とかね、天皇主権と、そういう言葉は具体的に考えられるけど、国民主権なんて、1億2千万のね、国民に主権があるっていうね。じゃぁ国民って何だ?って。擬人化して一つの、1億2千万を一つの人格のように見立てれば、そりゃ、出来るけどね。
ですから国民主権等という言葉をね、過度に大事にするのは、あー、アレですな。ちょっと詩人。小説家。
--この場面で映し出された三上・正清両氏、揃って腕組み--
正清: そういう意味ではね、歴史を持っていないから。だからそういう意味ではね、国家をどう作っていくかという意味での主権という問題は、非常に大事な問題ですよ。
しかしその事と、それから当時の憲法を制定する過程の中で、確かにGHQが出したことは事実だけれども、その前にGHQというか、アメリカと日本との終戦の時の、あのー、話があるわけだ。で、それはさっき彼が言われたように、一条から八条までの、つまり【天皇制】(※参照)という問題を何とかして残して欲しいと、いうのが、あの、所謂無条件降伏の裏の条件だったことは間違いないんです。
と云うことは、時の権力者としてはそういう意味で何とか天皇制を残したいと。只、幸か不幸か現在の天皇制というのは、文字通り象徴という言葉が非常に曖昧で、僕等もいろいろ意見はありますが、しかし兎に角、天皇という、あのー、天皇を残して、それを主権者、あのー、所謂象徴として残して、えー、彼の存在を大事なものとして考えると。で、これは日本の社会の中では、それなりに一応定着しつつあると、いう風に私は思います。えー、しかしそのことが良い悪いは議論としては、一方ではやってもいいと。しかしそのことについて僕は触れないというのは、そういう意味です。
で、私はそういう意味ではね、天皇主権というのを、あのー、天皇主権じゃなくて象徴的な存在として、天皇を置いておくということについては、僕は必ずしも反対ではありません。反対ではありませんが、あのー、問題は所謂、さっきから議論出ている九条問題です。
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【天皇制】wiki
諸外国は立憲君主国とみなしており、日本政府も事実上天皇を元首として取り扱っている。
戦前「天皇制」という言葉は、ごく少数がひそかに使用する以外まったく日本国民に知られていなかったという。この言葉は日本製ではなく大正12年(1923年)3月15日ソ連共産党が指導するコミンテルンから日本共産党にもたらしたもので、天皇制打倒、天皇制廃止を専一にめざす、天皇と皇室を憎みおとしめ呪う造語である。戦後になって、日本国民は「天皇制」という言葉を「赤旗」(昭和25年10月20日)により初めて知った、これと呼応するように「民主主義と天皇制はあいいれない」なる議論が発生した(谷沢永一)[11]とする。
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井尻: ちょっと待って。問題じゃないっていうのは、あのー、象徴っていうことの不満があって、共和国をお考えっていう意味ですか? 天皇を廃止した共和国、共和制ってものを…
正清: いやー、共和国を考えた人もいたですよ、間違いなく。当時はね。しかし、国民的な一応のね、総意としてはそういう形として定着してきていると。
水島: 国民統合の象徴としての天皇としては、認めると。(11:44)
西村: ちょっとそこで、よろしいですか? えーと、天皇の話が出ましたんでねぇ。それから大日本帝国憲法はどう扱うべきかということも出ましたので、申し上げますとね。
あのー、私の立場はこの日本国憲法と称する文書は、憲法としては無効だと。戦後体制を形成する文書ではある。規範ではある。従って被占領体制の基本法だという位置付けですから、日本国憲法は形式的に存在するか否か、に関しては無効なものは存在しません。従って現在存在しているのは大日本帝国憲法です。明治22年制定のね。
で、その上で良いか悪いかは別にしましてね。その上で、昨年起こった東日本大災害に対して、何れの規範が現実の事に対処し得たかと言えば、大日本帝国憲法ですわ。あれはまぁ、あまり報道されませんが、ここでは皆さん方が色々反論あるかと思いますが、戒厳令布告してもいい事態でした。私は現地に2カ月居続けた。あの不肖宮島氏と。これだけしかいいませんがね。
しかしね、あの時の天皇のね、御存在は如何なる存在だったかと。最高の危機管理者としての存在だったと。権力者としての危機管理者ではない。しかし日本の危機管理者。つまり統治者だったと。 それは大日本帝国憲法第一条の
《大日本帝国は万世一系の天皇之を統治する》
これそのものの姿であったなぁと。
そこで、『天皇などは曾爺さん、知らん』と言われたので、申し上げます。お爺さんがしゃべっておられた日本語の中に、天皇は存在している。敬語の存在。それから万葉集以来、その中の和歌をですね、「百人一首」として庶民が現在に伝えているけども、その歌の中にも天皇の存在は厳然としてある。それは権力者としての表れではないが、文化の中に、歴史の中に、厳然として在るんであって。そりゃ、知らない人もおったでしょう。我々も現在天皇おるんか? 知らん!って奴もおるかも分からん。百人おったら一人くらいはそんなココが (手で頭を指して) おるんだから。(笑い)
お爺さんがそうだとは言いませんよ。(ハハハハ)
--画面は腕組みして笑っている三上・正清両氏--
お爺さんが知らなかったから、日本国民に天皇は無かったんだという論法はね、今の議論の前提としては相応しくない。
正清: 寧ろ逆にね、国民が居なかったって言っているんですよ。日本国民という統一 … (発言が重なり聴き取れず)
西村: 西洋的な概念ですか? 国民は無かった…そりゃ、そうでしょう。しかし我が国家が近代化する時に、何が必要であったかと。国家の姿、Nationの姿。これを確認することが必要で、大日本帝国憲法同時に発布された教育勅語は、見事にNationの姿を言い現して、昨年の危機に遭遇した時にそれを正に見事に具体化していると。これを見るか見ないか。これが議論の分かれ道。(16:02)
(正清(腕組み中)「いやー、それは仰る通りですね」)
目を瞑ればそれが無くなるって言うんだったら、それで結構。
(正清「いやー、私ねぇ…」)
我々はね、国家の将来の存続に、サバイバル。責任を持つ立場として議論しなければならない。
(正清「勿論です」)
従って、天皇は存在する。
(正清「はい」)
厳然として在る。それは制度でも何でもない。文化の中にも歴史の中にも在るんです。
水島: それともう一つ。今言った、主権在民ですか? 所謂国民主権の問題。この国民主権の問題も、これやっぱり先週憲法討論やったんでね、アレなんですけど。これはもう革命国家。フランス革命とかね、ヨーロッパのそういう造られた人工国家の、まぁ、所謂契約的な国家の中でしか概念として無いというね。そこだけはキチッと言っておかなきゃいけないとね。
三上: じゃぁ、じゃぁ、逆にね。明治憲法は確かに、あのー、そういうヨーロッパの制度を真似て作ったわけだけれど、基本的にはNation、あれ、Nationないですよ。あれ、基本的には官僚のために作った憲法じゃないですかぁ。で、寧ろね。
(「ナニ?」「官僚のために?」)
いや、そうですよォ。官僚のね、だから寧ろ議会制のね、福沢諭吉なんかも含めたね、住民と対抗するために急いでね。彼がそのー、憲法、議会制定前に急いで作ってね。あれ中身は結構、彼コウジュン社の憲法草案パクってはいるけれどもね。基本的な精神としてはそういう意味ではね、Nationなんてものが反映されたね、あの、憲法ではないですよ。
唯ね、当時、福沢諭吉にしても中井チョウメイでもね、Nationが日本にいるのか?ってことに関して言えばね、いない。✖※▽?Nationいないってこと言ってたわけだから、そりゃ当時の水準としてはそうだってことに関しては僕は認めるけれども、だからと言ってね、それが帝国憲法、明治の帝国憲法がね、日本の原点になるうるかって言ったらね、それは一つの… (16:59)
西村: 議論が混乱しているので…。我々が議論しているのは、紙に書かれた憲法と称する文書、の、何を憲法として言うかと。手続き上、そしてそれが制定された歴史状況に於いての、という議論をしておるんですね。で、昭和22年の施行された文書は、あれは憲法としては無効だろうと、私は申し上げている。
それで、紙に書かれた以前に、この話の冒頭で、私は「憲法というのは我が国の歴史の中にある。1949年の11月1日に建国を宣言して出来た国なら、毛沢東が読んだ建国文書の中に基本法はあるんでしょうけど、我々はそういう国家ではない。従って歴史を辿れば自ずと、我が国の基本的在り方は見えてくるんだ、と申し上げている。作る作らんの話じゃないんです。(17:56)
水島: と、もう一つは。違いがよく判ったのはね、国民という概念が、ま、それで作られたかは別として、基本的には伝統・文化と今仰ったようにね。ま、よく言われるエドモンド・バークでしたあね? 先祖も国民であると。先祖も1票持っているって言う感覚。現在生きている人間だけがアレを作った、これを作ったじゃないぞ。伝統とか文化というものを踏まえた上の民主主義だという、そういう考え方。だから日本の長い歴史も非常に大事なベースにしなきゃいけない。現在ある戦後だけのものでやるのは違うっていう基本的な考えがあるんで、そこのところをちゃんと見ておかないとね。現在の人間の問題って言うと、それもちょっと違ってくるんでね。
【八木教授の講義「国民主権=ナシオン主義とは」】
八木: そこで少し整理したいんですけど、国民主権という概念はですね、物凄く幅が広いんですよ。で、それで、と云っても大きく2つの概念からなっているんですけども、何れにしてもフランス革命の時に出てきた概念で。
1つは狭い意味での国民主権。ナシオン主権って言っていますけど、ナシオンというのはさっき水島さんが仰ったように、先祖も現在生まれていない人も含めた「総国民」という意味のNation。ナシオンですね。で、ナシオン、Nationに主権があると言ってもですよ、死んだ人もまだ生まれていない人もいるわけですから、じゃぁNation・ナシオンの意見というのは何なんだ、ということになるわけですよ。そこで「代表」という概念が出てくるんですよ。Nationの意思を代表する人がいます。必要ですよと。そこで又代表が2つに分かれるんですよ。一つは文字通りの議会です。議会制民主主義、代表民主制ですね。もう一つ、あまり指摘されないんですけど、君主が入るんですよ、君主。ですからそういう意味でのナシオン主権と君主制。ここで言うのは立憲君主制になりますけど、立憲君主制は見事に対立せず、両立するわけです。で、もう1つ国民主権という場合には「人民主権」。プープル主権というのがあって。で、ここを推し進めていくと北朝鮮のような体制になるわけです、ね。ルソーの考え方ずーっと推し進めていくと、あの北朝鮮の全体主義、独裁のような体制になるわけです。
ですから、言ってみればですね、国民主権って言っても立憲君主制から北朝鮮のような体制、或いは代表民主制、色々あって。ですから国民主権と言っても、謂わば何も言っていないことになるということですね。この国民主権と言う場合に、何を指しているのかということをハッキリ腑分けして議論しないと、議論拡散すると思うんですね。(20:55)
2./3-②につづく
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by yasutaroh
✎4.28【討論!2/3-②】どうする…