西部: こんなことを言うとね、失礼な会話になっちゃうけども、これ、どうですか?道徳の歴史は僕、知る必要あると思う。と同時にね、学校で教える必要は何もないんだけれども、家庭でも地域社会、もっと言うと酒場でも広場でもいいんですけどもね、不道徳っていうのはまさか、お二人はご存じあるめぇが、僕はかなり存じ上げていてですね。存じてて、(ガハハハ) 結構、アレ面白いものなんですね。
僕言いたいのは、社会が成熟してたらね、一本調子な、例えば金正日とか昔のスターリン様とかヒットラー様、一本調子の道徳教育やっていたんでしょうけどね。やっぱり社会が成熟してたらね、道徳とある意味の不道徳というのは、アウトロー(法秩序からはみ出た人)、ローも大事だけどアウトローも知らなければ本当のローの有難味が分からない。不道徳の魅力とか危険が分からなければ、道徳の大切も分からない。
そういうことを教えるのは、一つは家庭とかコミュニティだけど、もう一つあるでしょうね。教師の、教科書ではなくて教師の、何と言うんでしょうかね。会話ね、教え方の中に。
例えば女性がいらっしゃるけど、婦女子を大事にしなくちゃいけない。僕、“賛成!”って言うけど同時にね、“婦女子も時々手に負えなくてねぇ”、と。ということもね、教師はどっかで子供たちにね、冗談混じりにでも言わないとね。その手の事はさっき僕「人格」と言ったのはそういうことでね。(14:01)

~笑いの壺に入ってしまい、この後しばらくタイピングが困難に・・~
安倍: まぁ、あの、あんまりね、子供の時からあんまりそれを教えると(ハハハハ) ある程度成熟してから、ある程度成熟した段階では、それが理解できる段階でね、いろんな先生がいる方がいいと思いますから。そういう先生がいてね、ちょっとねぇって、(ヘヘへ)話をすると良いんですね。
やっぱり、例えば子供の時にね、自分の父親にね、別に好きな女性がいたってことをね、教えるってことは、これはどうかと思うんですよね。(西部「そりゃ、そうだ」)
それはそうでしょ? その時はお父さんは立派な人だって、上を見させると。キラキラしながらね。ところがある程度、人生って何かちょっと入口に入ったところで、親父も大変だったんだろうね、って。実は結構呑んだくれだったんだね、って。そう、それはしょうがないよねって。ここでもちょっとフラフラした事があるよ。あゝそうだな、人生ってこんなもんだな。
スタンダードをちゃんと入れておいて、スタンダードから外れることについてはどっかで、そうすることによって寛容で深い人間に・・
西部: しかも、あれですもんね。今日のテーマの半分である国家の問題にも繋がってくるんですよね。
国家っていうのはね、確かに歴史に基づく道徳の価値観が体系の根本なんだけど、同時に国家っていうのは有り体に言って戦争もやればですよ、抑圧もやらざるを得ないし、覇権も目指さざるを得ないとか。或いは弱者もね、やむを得ず切り捨てなきゃならないとか、いろんな事があっての国家っていうね、国家という複雑さをね、日本人は知りたくない、教えられない。そういう偽善と欺瞞の教育をやってきた。(15:47)
西田: 国家もそうですけど、人間そのものですよね。矛盾の塊ですよね。矛盾の塊だから、例えば戦争の話でも、「戦争反対!」と言っていれば無くなるものじゃなくて、この腕がある限り何時でも人を殴れるし、同時にこの腕が人を助けるしですね、自分の中に全てのものがあるんですよね。それをどうコントロールするかというのがやっぱり教育なり、様々な経験になってくるんですが。それを兎に角「暴力反対!」とか、綺麗事の価値観でやっちゃうとですよ、この手が今度は人を守れなくなってしまうし、そして又、人を助けることも出来なくなると。だから戦後の日本というのは何かその、一面ですよね。人間の一面だけを教え込んできて、その大事なことを教えずにですね、綺麗事だけを並べてきた・・
安倍: 特にね、近現代史(※参考)についてのアプローチなんですが、これは正にアメリカの占領時代にガン!と植え付けられたものなんでしょうけども、「すみません、私たちが間違っていました」ってことでしょ、ね。
で、現在のこの私たちの常識で過去百年前とかを切っていくわけですね。で今、全てが解っていますから、まるで当時の人たちが愚かだったようなことを言うと。そういうことを教えて行けばですね、子供たちね。やはり自分自信というか、アイディンティティとして自信を失うんですよね。自尊心を失っていくし、自尊心を失った人物は他人に対してもね、寛容な態度を取れなくなって行くわけですよね。
私は国家に対する思いというものはどういう思いかというとですね。やっぱりそういうもの、いろんな間違いを犯すんですが、それを含めてですね、愛おしいと思うようにするべきだと思うんですよね。
例えば日米が開戦する。あんな強い国とね、やって馬鹿だな、と思うよりも、あゝいう状況に追い込まれていった中でもがき苦しんだ自分の父祖たちに対して、愛おしいと思う人間が、私は日本人として正しいんだろうと。
よく今でもですね、当時のあんな馬鹿な選択をしてと、言うのは簡単なんですけがね。
西部: もっと言うと傲慢だし、己を知らぬにも程があると。っていうのは、人間のね、感覚も認識も全て歴史の段階、って言うと言い過ぎか。大きく制約されますでしょう。戦争であれ飢えであれ何であれね、後からやってきた世代があゝすれば良かったのにとかね、あゝしなければ良かったって言ったってね。その状況の只中にいる人達は、その時代の状況の動き方を殆ど運命のようにして引き受けざるを得なくて、多分に大きな間違いも含みながら、何をともあれ、何かをやらざるを得なかったということに、そういう存在に対する、今で言う愛おしさっていうのかな。それを感じる力が無いとね、それは逆に言うとね、自分が神か仏の立場に立って無謬のね、パーフェクトな完全な立場に立って、過去の人間達の不完全さをね、切り刻むというね、物凄く傲慢な人間を育てるんですよ。
これ、暴力で言うと、西田さんが仰ったこと。暴力って言ったら何かと言うと、法律に反するパワーと考えますでしょ。
ところが法律でですよ、法律っていったら何かと言うと、法律読めば分かりますように、極大まかにしか規定できないんですよね。仮に細かくね。例えばこう触ったけども暴力とかですよ。ちょっと暴言吐いただけでも暴力とかと全部やるためには、膨大な法律書を作らなきゃいけないわけ。この状況でこう言えば暴力とか、合法とかね。
それをやろうとしているのが、実はアメリカなんですよね。アメリカがリーガル・アルゴリーズ(legal algorism)の法律的計算書で膨大な法律書を作らざるを得なくなるんですよ。でもね、それはやっぱり未成熟。まともな国民でしたらね、やっぱり法律に規定できない状況ってのは、法律の解釈によりますでしょう。法律の解釈ってのはね、また不完全なわけ。そうすると状況に直面して政治家たちはね、法律を必死に解釈してこれで合法だと思っても、後々考えればね、相当強引な解釈をして暴力としかしようがないということが起こるでしょ。
あなたね、(小林さんに向かい) そこで平気で座っているけど
恐ろしいのはね。実は僕は臆病だからね、そんな暴力行使の指揮者なんてなりたくない。ところが政治家ってのは、僕先生のこと言いたいんですけどね。いざとなったらね、法律の解釈を基づいているけど、不完全なものであることも覚悟の上で、後々バイオレンスだと言われかねない事も決断しなきゃいけないっていうね、そういう立場にいるのが政治家っていうか、言ってみれば責任者って皆そうですよね。(20:33)
西田: それが政治家なんだけど、そういうことが無いという前提で戦後のこの日本の仕組みがなっているんですよね。考えないし、決断もしなくていいと。だから先生が何時も仰る事象異ですよね、TPO、事象異。だから同じ価値でもですね、その時その場、その状況によって変わりますよね。だからこれがやっぱり大事なんですよね。
安倍: さっき先生が仰ったね、政治家になったら権力を持ちますから、権力の行使ですね。実は実力組織を持っていますから、例えば総理大臣になったらですね、自衛隊の最高指揮官なわけですよね。で、命令いっか、彼らは死に赴くわけですね。しかし相手を粉砕するわけですよ。
で、この決断を下すことは極めて重い決断なんですが、この思い決断を行使しなければいけない立場になるかもしれないという認識がね、やっぱり、日本の場合はね、低いのかなって。
なった時に、あなたにはそういう権限がありますよと。防衛出動はこういう状況でやりますよと、待機命令はこうですよということをですね、本当はなった瞬間に総理に分離すべきだと思ったんですがね。まぁ、民主党政権になってやっているかどうか分からないんですが。
米国は、大統領というのは4軍の最高指揮官という認識を彼らは強く持ちますから、彼らは頻繁に武力行使をするという国ですからね。ブッシュと話をした時も、イラク戦争を行ったブッシュ大統領も一番辛いのは、やはり死んだ兵士を迎えなければいけない時だと。自分の命令から行っていますからね。しかしその立場に立ったら、国益と国民のために判断を下さなければいけない、ということなんだと思いますけどね。
西部: これ、麻子さんのような女性にはよく起こる台詞なんだけど。ある哲学者なんだけども、女性の大好きな「愛」という言葉。『愛するとは何か?支配することだ』って言ってね。
誤解を招きやすい台詞なんで、それを今一人の男と女と考えてみたらね。やはり男側から言うとですよ、この女を大事にしようと。或いは私たちが作った子供たちを大事にしようと考えると、男って責任を持とうとするとね、男だって不完全だけど、どこかで決断しなくちゃいけないでしょ。こういう風にして金を作るとか、こういう風にして職場と喧嘩するとか、どうのこうの妥協するとか。そうするとね、自分の力をもってでしか最後はね、女も子供も、或いは同胞も守れないっていうことね。そういうふうに力の事を度外視してね、「私、愛する」とか「好き」とか言ってたってね、しょうがねぇんだ!っていうね。これね、日本人が特殊に分からなくなったんですよ。負けて、女性ならばレイプされたような感じになってね、男は去勢された。ごめんなさい、言葉はアレだけれども。それ以来ね、力とは愛とね、表裏一体結びついてね。それは人生哲学でもね、国家哲学にでも繋がるようなね、そういう根本感情を失ったんですね。これって、時々何という厄介なね、列島に生まれたんだろうって思ってね、ウゥっとね。
や、こんなことを言うとね、政治家に厭味になるから・・
西田: 覚悟ですよね。ですからさっきの愛の話も、政治家にはやっぱりさっき総理が仰ったように、決断に対する覚悟が全部に必要で、それが今欠けていますよね。
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by yasutaroh
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